タイトル

2017/03/04 放送分

「冬来(ふゆ き)たりなば、春遠(はる とお)からじ」
春の訪れが待ち遠しい季節。つぶやいて見上げた空は澄(す)み切って、心なしか風が変わった気がします。
  春夏秋冬、日本酒と、日本の心をこよなく愛する森澤喜義です。

実はこの言葉、元になったのは中国の「漢詩(かんし)」や、古い和歌(わか)の「ことわざ」ではなく、なんとイギリスの詩人シェリーの名作「西風(にしかぜ)の賦(ふ)」の終わりの一節(いっせつ)。
翻訳(ほんやく)したのは作家、歴史の研究家、そして翻訳家(ほんやくか)として知られた人物、木村 毅(きむら き)。
その作品は夥(おびただ)しい数に上(のぼ)り、いまだ整理がつかず、全集や伝記も完成していないそうです。
彼は、近代国家へと歩みを進める日本各地を回り、移り変わる時代に翻弄(ほんろう)される人々を目(ま)の当(あ)たりにします。そんな折(おり)、翻訳(ほんやく)を依頼されたシェリーの詩を、人々へ励(はげ)ましのメッセージを込めて「冬来(ふゆ き)たりなば、春遠(はる とお)からじ」と訳したそうです。
この日本人の心情(しんじょう)に溶け込む見事な翻訳(ほんやく)は、今も心に響(ひび)く言葉となって残っています。
翻訳(ほんやく)という仕事には、豊かな創造力(そうぞうりょく)と、作者の想(おも)いを最大限に伝える使命(しめい)があると言われています。言葉を紡(つむ)ぐ豊かな感性と未来を見渡す確かな目……。そこに人々は感動し、共感を覚える何かがあるんでしょうね。

今宵も、いつもの熱燗といきましょう。
寒い季節に育(はぐく)まれた日本酒の味は、きっと暖かい春を呼んでくれるのではないでしょうか。
 

 
【こぼれ話】
松本清張は木村の著書『小説研究十六講』に強い感銘を受け、作家の道を歩き始めたそうです。小倉から東京へ転居した際、真っ先に木村の自宅を訪問し、その後も交流は続きました。兵隊にとられた時も、家の者にかたく保存を云いつけて、無事に還ったときの再会を楽しみにしたぐらい人生を変えた本だったようです。
興味の湧いた方は、是非、一読してみませんか?

2017/02/25 放送分

公園で、何やらポーズをとって、はしゃいでいる子供たち。
よく見ると話題をさらったラグビー選手のルーティン。
今年も世界を相手に是非とも楽しませてもらいたいものですね……。
  春夏秋冬、日本酒と、日本の心をこよなく愛する森澤喜義です。

ワールドカップの活躍で一躍(いちやく)話題となったラグビーですが、実はこのスポーツの動きをヒントにして世界のヒーローとなった男がいました。その名を三船敏郎(みふね としろう)。
日本で唯一ベネチア映画祭で主演男優賞を取った俳優として、ハリウッドをはじめ世界の映画界に多大な影響を与え「世界のミフネ」と呼ばれた男。
しかし、そんな彼にも、時代劇における刀捌(かたなさば)きには悩みがあったそうで「卓越(たくえつ)した本物の侍(さむらい)を演じ切れていない……」と思い悩んだ末、たどり着いたのが何と、たまたま見たラグビーだったそうです。
ボールを抱(かか)え、タックルを交(かわ)しながら敵陣(てきじん)を突破(とっぱ)する選手の動き……。それにヒントを得て編み出した剣法(けんぽう)、それは映画「用心棒(ようじんぼう)」で迫真(はくしん)の演技を誕生させました。
このスピード感溢れる立回(たちまわ)りは、世界の人々に感動を与え、日本の超人的(ちょうじんてき)な侍像(さむらいぞう)を印象付けたと言われています。
何気(なにげ)なく過(すご)している日常、一見何の関係もないように見える物事も、ちょっと角度を変えれば、そこには大きなヒントが隠されているような気がします。

今宵は時代劇を見ながら、いつもの熱燗といきましょう。
物語に浸(ひた)りながら飲む一杯は、きっと新しいヒントを生んでくれるのではないでしょうか。
 

 
【こぼれ話】
役者としてあくなき挑戦を続ける三船のもとに1975年のある日アメリカから映画の出演依頼がきます。見てみればそれはSF映画。こんな子供だましの映画には出ないと断った2年後、その映画は大ヒットしました。題名は「スターウォーズ」。彼に依頼されたのはダース・ベイダーの役だったそうです……。あぁ~残念無念……。

2017/02/18 放送分

学生時代、柔道(じゅうどう)の良きライバルだった友人が、久し振りに我が家を訪ねてきてくれました。今宵は、昔話に花を咲かせ、楽しいお酒が飲めそうです。
  春夏秋冬、日本酒と、日本の心をこよなく愛する森澤喜義です。

戦国時代(せんごくじだい)、越後(えちご)の虎(とら)と言われた一人の武将(ぶしょう)がいました。その名を……上杉謙信(うえすぎ けんしん)。
1530年の今日、越後(えちご)の国……今の新潟県で生まれた彼は、14歳で初陣(ういじん)すると、その後天才的な戦国武将(せんごくぶしょう)へと成長します。

やがて、あの風林火山(ふうりんかざん)で有名な武田信玄(たけだ しんげん)との宿命(しゅくめい)の対決。
この川中島(かわなかじま)の戦いは、実に12年にも及(およ)び、この戦(いくさ)の中で、あの有名な『敵に塩を送る』という言葉は生まれました。
自分を七福神(しちふくじん)の一人、軍神(ぐんしん)である毘沙門天(びしゃもんてん)の生まれ変わりと信じていた彼は、人としての道徳観(どうとくかん)を大切にし領民(りょうみん)の苦しみを見過(みす)ごすことが出来ず、敵である武田の領地(りょうち)に「塩を送る」ことを決意したと言われています。
このことにより長野の領民(りょうみん)は毎年「塩市(しおいち)」を開くようになり、現在では「あめ市」としてその歴史は続いています。
情(なさ)け容赦(ようしゃ)のない戦国(せんごく)の世(よ)で、生涯(しょうがい)自分の「義(ぎ)」を貫(つらぬ)き通した彼の人柄(ひとがら)……。そこには、学ぶべき人としての哲学(てつがく)が生まれるのかもしれませんね。

今宵はいつもの熱燗といきましょう。熱戦(ねっせん)を語りながらの一杯は、五臓六腑(ごぞうろっぷ)に染渡(しみわた)る活力を生んでくれるのではないでしょうか。
 

 
【こぼれ話】

この塩が届けられたのは、永禄11年1月11日。この時、感謝の印として信玄が謙信に送ったとされる福岡一文字の在銘太刀「弘口」一振(塩留めの太刀)は重要文化財に指定され、東京国立博物館に所蔵されているそうです。
下克上の時代……だからこそ、義理と人情が最も大事にされたような気がします。

 

2017/02/11 放送分

散歩していると、冷たい冬の風にさらされている梅の小枝に、小さなつぼみを見つけました。春の到来(とうらい)まで、もう少し……。
  春夏秋冬、日本酒と、日本の心をこよなく愛する森澤喜義です。

全国的に寒波(かんぱ)に襲(おそ)われたこの冬。
大雪のなか、受験生への心配も大きな話題になりましたね。
受験といえば、学問の神様、菅原道真(すがわらのみちざね)が有名ですが、彼は11歳にして中国の文学に親しみ、33歳で最高の教授職(きょうじゅしょく)につくなど、まさに天才の誉高(ほまれたか)い人物でした。
しかし陰謀(いんぼう)で表舞台(おもてぶたい)から引き落とされ太宰府(だざいふ)へと追放(ついほう)されてしまいます。
「東風(こち)吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」
都(みやこ)を去る時、「自分がいなくても、春になったら花を咲かせて欲しい」と、庭の梅の木に向かって詠(うた)った句です。
時は流れ道真(みちざね)の死後、彼を貶(おとし)めた人々は何故(なぜ)か、ことごとく不幸な死を遂(と)げ、自然災害も次々と起こり、それは「道真(みちざね)の情念(じょうねん)」がなすワザと噂(うわさ)され、ついに彼は「天神様(てんじんさま)」として祀(まつ)られます。
天才であったがために、いばらの人生を歩いた菅原道真(すがわらのみちざね)。
人々は神として崇(あが)め、「学問のみちしるべ」としたんですね。

今宵は、いつもの熱燗といきましょう。
生かされていることに感謝しながらの一杯は、明日への活力を沸き起こしてくれるのではないでしょうか。
 

 
【こぼれ話】
菅原道真を祀る神社を天満宮といいますが、日本三大天神といえば、太宰府天満宮・北野天満宮・防府天満宮(ほうふてんまんぐう)が有名ですね。道真が神様に祀られたのは、ただ単に怨霊を鎮めるためだけではなく、彼の、すべてを受け入れ、なお愛し続けた人柄にこそあるような気がします。タイムマシンがあれば逢ってみたい人のお一人です。

2017/02/04 放送分

北風が吹き抜ける公園で、サッカーに夢中になっている子供たちの元気な声が聞こえて来ました。寒さなんてどこ吹く風。さすが「風の子」。
  春夏秋冬、日本酒と、日本の心をこよなく愛する森澤喜義です。

1909年の今日、まだ多くの日本人が知らなかったサッカーで、世界に挑戦した一人の男が誕生しました。その名は工藤孝一(くどう こういち)。
彼は、1936年ベルリンオリンピックで初参加した日本サッカーチームのヘッドコーチとして、当時優勝候補とされたスウェーデンと対戦しました。
観客から注目されず、前半2ゴールを許し為(な)す術(すべ)もなく終了。
ところが後半、ショートパスを中心とする日本の戦術(せんじゅつ)が反撃の口火(くちび)を切ると、17分後、同点に追いつき40分でついに逆転……。
その展開にスタジアムはどよめき、感激した現地のラジオ局はドイツ語で「日本人、日本人」と連呼(れんこ)したそうです。
この逆転劇は、「ベルリンの奇跡」と言われました。
「鬼の工藤」と言われ、体格で勝(まさ)る外人選手に立ち向かう根性(こんじょう)と忍耐力(にんたいりょく)を徹底(てってい)して叩き込んだ彼の指導。
そのサッカー精神は「世界を知り、己(おのれ)を知る」という日本サッカーの大きな礎(いしずえ)となっているそうです。

今宵は日頃の自分を振り返りながら、いつもの熱燗といきましょう。
目標を育(はぐく)みながらの一杯は、きっと明日への勇気を生んでくれるのではないでしょうか。
 

 
【こぼれ話】
今や、日本全国にファンが広がるサッカー。あの白黒の亀甲型のボールはアルキメデスの多面体の法則を利用して、六角形20枚と五角形12枚を組み合わせたもので1960年代ヨーロッパで普及しました。当時、白黒のTV放送が始まったばかり。カラーでは見えにくいということで白黒に色分けされたそうです。これからも楽しみですね。