皆さんは、サトウハチロー氏をご存じですか?
1920年代から1970年代、サトウハチロー氏は童謡や叙情詩、歌謡曲などを作詞し、大ヒットしました。
1955年には、童謡「ちいさい秋みつけた」でレコード大賞も受賞されています。

そんなサトウハチロー氏がCMソングを作るのではなく、CMでナレーションをされた、貴重な映像が残っています。お酒を……千福を愛されていたことが、短いCMからも伝わってきます。

林の中で飲む
川のほとりで飲む
明るい丘で飲む

 

ぼくの好きな千福
若いときから飲んでる千福
いつでも美味い千福

 

日暮れのベランダで飲む
夜の部屋で飲む
楽しい気持ちで飲む

 

サトウハチロー

サトウハチローと福の会

作詞家の清水みのる氏が、取材で広島の木江にこられた時に飲まれたお酒が大変おいしかったと、帰京後、三宅本店にお手紙をいただきました。それが縁で、当社三代目三宅清兵衛との深い絆が結ばれることになりました。

 

サトウハチロー先生と辰己八郎先生(元プロボクサー)1965年撮影

ちょうど、東京福の会を発足する2年前頃(昭和32年頃)、当社から清水みのる氏に会長をお願いしたところ、「自分よりもっと酒が強く、酒が好きな人がいるから紹介しよう」と推薦されたのがサトウハチロー氏でした。

 

サトウハチロー氏は清水みのる氏の先輩格で、お互い旧知の間柄でした。そうして昭和34年(1959年)7月17日(金)に、丸の内常盤屋で105名の参加を得て東京福の会は産声を上げました。当日会費は500円でした。

 

それ以来、東京福の会は会長であるサトウハチロー氏の風格・人望のすばらしさのお陰で、サトウハチロー氏が他界された(昭和48年11月13日)後も、今日まで脈々と続いています。

 

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福の会は酒をのむ会
年に幾度か 千福を汲みかわし なごやかに語りあい ほのぼのと酔うなり
放歌高吟する輩もなく いさかいもなく たんたんと盃を重ねる喜び
よきかな福の会 うれしきかな千福
ふところ具合と職業は 千差万別なれど 酒を愛する心は一つなり
われこの会と共に生く たのしきことなり

 

サトウハチロー

サトウハチロー プロフィール

1903年
東京市牛込区(現在は新宿区)市谷薬王寺前町に生まれる。
父は作家・佐藤紅緑。作家・佐藤愛子は異母妹。
1919年
詩人・西条八十の門を叩く。
1921年
童謡を発表し、1926年叙情詩集「爪色の雨」を処女出版。
1929年
少年少女小説、ユーモア小説、映画主題歌などを書く。
戦後は、歌謡曲も作詞し「リンゴの唄」、「長崎の鐘」などが大ヒット。
少年小説「ジロリンタン物語」は、1951年からNHKラジオドラマとなり一世を風靡した。
1955年
童謡「ちいさい秋みつけた」を作詞、レコ−ド大賞受賞。
1957年
詩・童謡の月刊誌「木曜手帖」を創刊。
1961年
詩集「おかあさん」出版。
1973年
日本作詞家協会会長、日本童謡協会会長などを歴任し、
1973年11月13日永眠。

サトウハチロー作詞による代表作

  • 「あゝそれなのに」
  • 「うちの女房にゃ髭がある」
  • 「悲しくてやりきれない」
  • 「ちいさい秋みつけた」
  • 「長崎の鐘」
  • 「花売娘」
  • 「ホームラン・ブギ」
  • 「目ン無い千鳥」
  • 「リンゴの唄」
  • 「あした天気になあれ」
  • 「うれしいひなまつり」
  • 「誰かさんと誰かさん」
  • 「ゆびきりげんまん」